スタッフブログ

 しかし、暑いですね。猛暑真っ盛りでございます。
 誰だよ、エルニーニョの影響で冷夏なんていったバカは。頭丸めて出直してこい、俺みたいに。
 なんて減らず口を叩く気力も萎えるほどの暑さでございますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

 うちは猛暑だけでなく夏休みも真っ盛りなのですが、今年の生徒さんは例年にも増してよく勉強する方ばかりでして。昼間から生徒に囲まれうるさいような嬉しいような、という当初の想定は外れ、ほぼ通常通りに業務をこなせております。
 一見すると、まるで煙たがられた中年男性が放置されてるようにも見えますが、決してそうではないことは少し物を見る目がある人が見れば一目瞭然なので安心です。ただ、私の周囲には物を見る目が全くない人が集まっていることが悩みの種でして、そういう人にはどう見えていることでしょう。
 まあ、安倍首相の祖父君と同じく「声なき声は私を支持してくれている」と信じ、前回の続きを。

 「本能寺の変」黒幕存在説の致命的な欠点は、コマゴマとした史的状況以前の自然の理に反する点でしょう。
 つまり、末期織田政権のような完全な恐怖政治において「お前も信長が嫌いなんだろ。じゃあ、俺も手伝うからお前が信長を殺っちゃって一緒に日本を山分けにしようぜ」なんて呼びかけなど行いたくても行いようがありません。だって、そのまま密告されるに決まってます。密告されたら直ちに一族郎党皆殺し。だから、ヒトラーにしろ、スターリンにしろ、毛沢東にしろ、いわゆる独裁者は周囲の気持ちとは裏腹に暗殺されないわけです。しかも相手は織田信長。もし事前に計画が露見でもしたら、やれ鋸引きの刑とか、腰切りの刑とか、こちらが「もう殺してください」と頼みたくなるような処刑方法で晒し者にされながら死んでいくに決まってる。ネットで安保法制反対デモへの参加を呼び掛けるのとはワケが違います。そんなことすら判断できない愚か者はそもそも光秀の周りには存在しなかったはずです。

 結局、光秀は自分の人生を守るために信長を殺したわけです。
 むしろ謎なのは「なぜ信長がそういう状況下で供廻りも連れずに小姓衆のみを率いて本能寺に泊まってしまったのか」なのですが、これは精神分析の対象というか、つまりまぁ驕ってたんでしょうね。「俺の行く手を遮ることができる者はこの国にはいないぜ」っていうところでしょうか。天下統一まであと一歩のところで悔やんでも悔やみきれない、本人にとっては全てを帳消しにする「一敗」でした。

 その後の、いわゆる三日天下。結果を知ってしまった我々からすれば理の当然のような結果に見えますが、ここでも鈴木氏のメスさばきは光ります。曰く「秀吉」の「中国大返し」の成功は、偶然の積み重なりに過ぎず、結局秀吉がとてつもなくツイていたにすぎない、と。
 長くなるので割愛しますが(ご興味のある方は、ぜひ本編をご覧ください)、光秀の毛利への密使を秀吉方が捕えることができ、しかも別の密使も信長死去の報を毛利に伝えられず、さらに講和後にようやく騙されていたことを知った毛利方が追撃をしなかった、という奇跡の連続が「中国大返し」の成功を生んだのであり、光秀の戦略やリスクヘッジに問題があったとの批判は当たらない。むしろ、通常の確率論からすれば、秀吉は毛利と光秀の挟み撃ちによって真っ先に血祭りにあげられていたはずで、そうなると「羽柴秀吉」はマニアのみが知る戦国武将として生を終えたことでしょう。


 
 鈴木眞哉氏の一連の著作の素晴らしさは皆様が直にご覧になって感じて頂きたいところですが、先入主の排除が見事なばかりに貫かれています。私は、歴史を学ぶ際に少なくとも心しなければならないのはこの点だと感じます。現代から考えてその行為は是か非かなどというのは最も意味のない問いであり、また、自分の推論を強引に押し通すための辻褄合わせは最も慎まなければならない愚行だと考えます。氏の残された史料と常識を用いて考えた結果これしかないという結論に胸がすくのは、そのフェアプレーの精神に心打たれるからかもしれません。

 ということで、長々と続いた読書感想文もこれで大団円。
 あとは残りの夏休みの宿題に取り掛かることといたしましょう。
 皆様もよい夏休みをお過ごしください。

 とりあえず本日はこれまで。
 ご退屈様でした。

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