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 私が先生に拾って頂いたころ、先生はもう生きることに倦んでいらっしゃるように見えた。

 先生はアルコールの依存というよりは中毒に若干近かったように思う。

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 毎日少ない日がウィスキーをボトル3分の1、普通の日が半分、多い日は1本召し上がっていた。昼間だけの量である。食事はほとんど召し上がらない。特に根を詰めて考えごとをするときは全く何も口にしない。
 出張先で食事をご一緒すると「僕はウィスキー、三好君はこの店はこれ(たいてい一番高いメニュー)が名物だからこれを食べなさい」とおっしゃるのが常だった。おかげでずいぶんいいものを頂いた。そして先生はニコニコしながら私が食べるのをご覧になっていた。ご覧になっているだけで自分も上がったような気がしてらしたらしい。

 先生は特異な能力をたくさんお持ちだったが、覚えようと思ったもの(活字でも風景でも)を2、3回ご覧になると、かなり細部まで記憶できるという特技があった。もっともご本人は誰でもそういうものだと思ってらっしゃったようで、それができないことの方が不思議なようであった。また、相当な量のアルコールが入っても何も見ずに法律文書の口述をすることができ、ほとんど後から手を加える必要がなかった。

 そんな方であったので、昼間からお酒を召し上がっても文書が書けない、読めないといった支障はなかったが、まぁしかし、普通の人はひく。不審に思うし、恐れもする。当然である。

 徐々に、初期のころの優良「顧問先」は姿を消していき、代わりに怪しげな人たちが事務所に出入りし始めた。大体は「元暴力団だが現在更生しようと努力している」などと自称する人たちである。先生は基本的に性善説の人であり、そういった人たちにも親切であった。

 そうこうするうちに、昼間から弁護士は酒を飲んでいて、胡散臭い連中が出入りしている事務所ができ上がった。普通の人の足は遠のくばかりである。先生も薄々はマズイな、とお感じになっていたはずだが、急にはどうにもならない。仕方ないので今を忘れるために酔ってしまおうとする。
 ますます事態は悪くなる。完全な悪循環である。

 そんな終わりのない迷路のような時間がゆっくりと過ぎて行った。

 誰に対しても優しくて疑いを知らない、というのは本来美点のはずだが、それが自身を切り刻む刃になってしまっていた。

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