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 ただ、私が勤め始めたころの先生は、そんな過去の栄光に包まれた日々とは少し異なる次元の生活を送っていらっしゃった。

 「弁護士とはどういう職業か」と問われた中坊公平弁護士が「依頼者に頼まれて、見ず知らずの他人を殴りに行くボクサー」とTVで答えていたが、確かにそういう側面がある。

 仮に医療過誤でトラブルが生じたとして、先に患者に頼まれれば医師の注意義務違反を指摘したであろう弁護士が、医師に頼まれて不可抗力を主張したりする。
 弁護士はあくまで与えられた立場からのベストを尽くすだけであって、逆の立場を与えられれば逆の主張をするだけである。単なるポリシーや、相手方への恨みつらみによって動いているわけではない。

 しかも、世の中の大多数の紛争当事者は100%悪とか、100%善などというわかりやすい存在ではなく、どちらにもそれなりの正義や後ろめたさ、そして親も子供も明日の暮らしの希望も持っている人たちである。
 ということは、こちらが敗訴で目の前で依頼者が泣いているときの逆は、相手が敗訴でその人の子供たちが泣いているのであり、いずれにせよ誰かが泣いているのである。
 このあたりが同じく社会的ステータスが高い職業とされている医師と弁護士の異なるところだろう。医師の場合、闘う相手は病気なので「全快治癒」となれば当事者全員で万歳ということがありうるが、弁護士の場合はそれがほとんど存在しない。
 いつも「少し後味が悪い」のである。

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 こういう職業に長い間従事していると、精神的な滓のようなものが溜まってくる。そして、それにもかかわらず仕事を続けるためには苦痛を和らげる何かが必要になってくる。
 1振り数100万円の日本刀を収集する人もでてくれば、豪華クルーザーで太平洋を横断する人もでてくる。

 私は結局弁護士になれずじまいであったので、そんな葛藤を自分のものとして味合わなくて済んだが、辛く苦しく、しかも終わらない現実を見つめながら仕事を続けていくことは根が純粋であるほど難しいことであったのだろう。

 そして、先生は結局アルコールによって精神的バランスをとる道を選ばれた。

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