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 落語に根問(ねどい)ものというジャンルがあります。「やかん」「千早振る」など古典の名作が数多くあります。「根」を問う、つまり物事の理由を突き詰めていくという噺なのですが、説明が難しいので「やかん」のさわりを少しネットから引用してきますと

八公 「海の水はなんであんなにしょっぱいんで?」
隠居 「鮭(しゃけ)がいるからだ。そんなことも知らねえのか」
八公 「なんでシャケ(鮭)って言うんで?」
隠居 「北の海にいて水が”冷(しゃ)っけえ”からだ」
八公 「鰊(にしん)は?」
隠居 「西の海に居て、方言で”西ん”の海からだ」
八公 「鮪(まぐろ)は?」
隠居 「色がマッ黒だからに決まってるだろ」
とまぁ、こんな感じなのですが。

 もし八郎君が受験生ならこれから始まる悲劇は容易に想像がつきます。受験で聞かれるのは基本的に「なぜ」ですから。八郎君は「なぜ」を問う問題にご隠居の教え通りに答えて、ほぼ確実に不合格でしょう。

 覚えないといけないものは決まっていて、生徒さんも覚える気がある。
 問題は「どうやって」なのです。
 ここで初めて指導者が必要になります。

 我われが教えているのも、実はこの「なぜ」「どうやって」がほとんどであり、過去も現在もこの「なぜ」を上手に教えられる指導者が受験生の支持を受け、「人気講師」「カリスマ講師」と呼ばれてきたのです。そして、これを教えるために不可欠なのは、指導者のIQでも弁論術でもありません。
 必要なのは、これまでにどれだけのいわゆるできない人たちを教え、そういう人たちがどういう思考パターンをたどるかを熟知している、という経験値なのです。

 基本的に、問題も答えも理由もテキストに書いてあるのですから、あとは繰り返し読んで覚えればいいように思います。
 しかし、それができないからこそ塾に来ているのです。
 なぜ、それができないか。
 その理由は生徒さんによって異なります。1,000人の生徒さんがいれば1,000個の個性があるように、1,000個のできない理由も存在します。その理由は、生徒さんの学習の履歴、資質、やり方、掛ける時間などなど複数の要素の相関関係によって決まります。
 このあたり、ちょうどトルストイの「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである」という言葉を思い出します。

 しかも高校課程には、中学課程までとは異なる事情があります。高校課程の「根」は中学課程までと比較すれば5倍、あるいは乗数的に複雑なのです。

 少し長くなってきました。
 落語の話が余計だったかな。
 続きは次回。

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